カタカムナってなぁに?
「カタカムナ」このワードを聞いたことのある方はいらっしゃるでしょうか?
わたしが初めてこのワードを聞いたのは、3年か4年前ぐらいの、神戸元町の玄米カフェでした。
当時、友達がバイトをしていたので遊びに行った際、カタカムナ講座のお知らせがトイレに貼り出されていて、「カタカムナ」ってなんだろう?と思ったのが、カタカムナとの出会いでした。
友達に「カタカムナって何?」って聞いたら、友達は、「古代のことばなんやってー。講座は結構人が集まるんやで」と教えてくれたので、すぐに調べてみると、すごい画像が。
(画像はお借りしました)
これを見てすぐに、頭痛が・・・。
今でもその様子が映像で浮かんできます。
そんなカタカムナとの出会いでしたが、本を読むようになってから、歴史好き・謎とき好きなわたしは、すぐにはまってしまうことになりました。
それは、謎に満ちているから、ということと、物事の本質的な部分を教えてくれるものだから。
現代に生きる私たちは物事を複雑に考えがちですが、本当はもっとシンプルだとういうことをカタカムナは教えてくれるように感じたからです。
ほとんど独学で学んでいるだけですが、カタカムナは、わたしたちは、たくさんの可能性を秘めているということを教えてくれます。
過去という時の流れから今があるという錯覚。そして、過去や今の自分の状況の延長線上に未来があると、自分を制限しているわたしたち。
カタカムナは、そうではない、と教えてくれています。
そして、何より、人の本質は「神」なのだと、思い出させてくれています。
書き出せばキリがないほどに、現代の操作された(と言ってしまいます)情報で、本来の可能性を忘れてしまったわたしたちに、ホントウのことを思い出させてくれるカタカムナ。
カタカムナ(文献)がおしえてくれることは、神の世界でもあり科学でもあります。
(神の世界と科学がマッチするトコロこそ、弥勒の世♡)
謎に満ちたカタカムナとは、一体なんなんだろう?って、ワクワクしてきます。
そう、カタカムナとは、上古代とよばれる、1万2000年前から4万年まえごろに存在していたといわれている「カタカムナ文明」の名前とされています。とは言え、カタカムナ文明についてわかっていることはあまりありません。
「カタカムナ」の名前が知られるようになったのは、1949年、六甲山系金鳥山付近で、科学者の楢崎皐月氏が平十字(ひら とうじ)と名乗る男性に出会ったことに始まります。
このあたりの話については、さまざまな書籍で紹介されているので、調べてみるとおもしろいと思います。
出会いが世界を変える・・・そんな奇跡のような偶然であり必然を感じるのではないでしょうか。
わたしは、吉野信子先生の書籍を知り、読み込んだり、講座出たり(3回だけですが)して深めていきましたが、カタカムナは、たくさんの方が書籍を出されています。
カタカムナはたくさんのことを教えてくれる、大切な宝ですが、こうでないといけない、ということはないと思っています。
カタカムナは、可能性を開く鍵であり、感性を豊かにするきっかけです。
たくさんの方が、その方それぞれの感じ方を大切にできればいいな、と思っています。
わたしも少しずつですが、紐解いたことをブログで更新していきます。
ぜひ、一緒に体感できると、最高に幸せです♡